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2010/09/06 10:09:45
クイーンスタウン Queenstown(人口8500人)
説明もいらない有名観光地ですが、3回で20日間滞在したので、説明書に書いてないことだけを紹介します。
クイーンスタウン地方では英語に次ぐ第二言語はマオリ語ではなく日本語だそうです(2003年10月のThe Southland Times紙)。
一般情報はwww.atoz-nz.com/queenstown、または www.queenstown-nz.co.nzが詳しい。Visitor Centre は Fx: + 643 442 8907。
航空便はオークランドとクライストチャーチからの直行便のほか、カンタス航空(系?)がシドニー、ブリスベン、ゴ-ルドコースト?の3便ある。空港は町から7kmで、黄色いバスが宿まで運んでくれる。
バス便は町中のi-site案内所から出発する。InterCity Coach(www.intercitycoach. co.nz)が西海岸(フランツジョセフ氷河へ8時間)とクライストチャーチ(テカポ経由7時間半)、ダニーデン(約5時間)を、Atomic Shuttles(www.atomictravel.co.nz)がクライストチャーチ、ダニーデン、インヴァーカーギル(3時間弱)を、ほかにwww.BottomBus. co.nz : www.transportplace.co.nz : www.toplinetours. co.nzの各社がテアナウ(約2時間)やダニーデンを結んでいる。観光バスもこの周辺から発着する。
見どころ・歩きどころ
ワカティプ湖畔の美しい景色がほぼすべて。湖岸の小石は平たいので、形の良いのをさがして持ち帰れば箸置きに使える。湖畔のWilliams Cottageの先にある小さい半島(表紙の写真で手前の半島)は、氷河の末端にできたモレーン(氷堆石)が半島となったもので、岸辺は氷河が運んだ円磨礫である。半島に作られたQueenstown Gardenを一周すると、バラ園や記念植樹のほか、各種のエクササイズ設備もある。
ゴンドラで山頂に登るとレストランや土産屋があり、ローラー式のリュージュもある。リュージュは初級・上級別のコースがあり、小学6年生でも70才でも安全に遊べるし結構クセになる。1回9$で3回15$?。経験上3回がお薦め。
麓のゴンドラ駅の近くにあるキウイパークは多種類の鳥を展示、繁殖させており、自然愛好家にはお薦めの施設。ニュージランドには天敵がいなかったので飛べない鳥がおおい。
この地方は世界で最も南のワイン産地なので、www.otagowine.com;www. winetoursnz.comやwww.queenstownwinetrail.co.nzなどワインツアーが多く、南島北部のブレナム(別項)とクイーンスタウンではぜひとも参加したい。絶対のお薦め。
蒸気船で対岸の牧場に行くwww.fiordlandtravel.co.nzは有名。羊の毛刈りなどは一度は良いかも。BBQランチつきのツアーが手軽。
簡単にこの地方を見て回るには赤い二階建てのバス(Double Decker Bus)が一日2回、ワイナリー、アロータウン、砂金とりなどの3時間ツアーをしている。
クイーンスタウン博物館(www. museumqueenstown.com)はアロータウンにあるが、これもお薦め。この地方には往時の金鉱山跡がおおく、かつては鉱山師が世界中から集まって、苛酷な生活環境の中で一攫千金を夢見ていた。
アロータウンには、一坪半ほどの中国人住居跡が残されている。訪問時にも数キロ上流で金鉱山が稼行中だった。
クイーンスタウンの近くには・・・・
映画The Lord of the Ringsでmiddle-earthとされたグレノーキーは、北西50kmのワカティプ湖の北端にある静かな町(www.glenorchy.org.nz)で、野生生物や野の花の宝庫といわれ、いくつかのモーテルもある。
静かで紅葉が美しい町アロータウン(www.arrowtown.org.nz)に行くバスは案内所の近くから発着する。乗客がすくないとバスではなく乗用車が迎えにくるので、帰りのバス便を聞かれたら予定の便を申告して置く。金鉱山でさかえた町なのでレストランもモーテルもある。
食べるには・・・・
クイーンスタウンの日本食堂は高級すぎないので旅行者には便利です。ただし、ちいさい「すし」店は韓国系の経営が多く、ご飯の味がイマイチのことが多い。
船が発着するSteamer Wharfの二階にあるレストランはカジュアルで静かではないが、ムール貝が美味しい。
英国にまで紹介された美味のレストラン、ロアリングメグ(www.roaringmegs.co.nz)は、2003年に新築ビルの2階に移転している。
2009版でも「古びた木造の家で営業」と紹介しているガイドブックがあるので、情報があたらしいかどうかを判定するには これを確認するとよい。ドレスコードはないが、良い席に案内されたいならば予約して、ジャケット着用をすすめる。あらかじめウエブサイトで読んでメニューを見ておいて、夕方早め(6時半頃)に行くと貸し切り状態で気楽です。
スーパーは町の北部のGeorge Roadと Robins Rd.の交差点にあるが、近年 Shotover St. と Stanley St.との交差点に、西海岸でコンビニを展開しているフォースクエアー(4squear)がスーパーを開いたので自炊旅行には便利になった。ほかに小さいコンビニが町中にある。
良さそうな宿(宿はとても多いが、有名観光地なのでリピーターを期待しないような待遇の所もある)
ホテル:www.rydges.com/queenstown;www.accorhotels.co.nz;www.scenic -circle.co.nz;などが外出に便利。www.kingsgatehotels.co.nzは見晴らし佳。
モーテル:湖畔のwww.thelodges.co.nzの2寝室ユニットは洗濯機、乾燥機まで付いていて、眺望がすばらしいので2度滞在した。ただし3寝室ユニットはガレージにベッドを置いただけで手洗いもない。むしろ二部屋を取ったほうが快適。
この地区にはWaterfront Motelとか、Lakeside Backpacker、Lakeside Motel、 Lakefront Motel、Alabaster Motel 等が並んでいて最後には Ridges Hotelの大きな建物がある。
景観を重視するならこれら湖畔の宿のなかから選ぶと良い。
ほかにも良い宿は多いが、クイーンスタウンのような観光地のモーテルは4っ星以上の宿をすすめる。
2002年、2003年、2009年の3回で20泊しました。
2010/09/04 10:09:56
7/18(日)フヴァル島から『BISEVO島・青の洞窟』ツアー☆少人数ツアーの為、(1人450クーナ→ATLSで予約)
9:30~17:00
ボートが小さいので『緑の洞窟』も船で入れます☆
◎『青の洞窟』→光で微妙に青色が変わり、とにかく青くて綺麗!!
TOP写真に写ってる、モーターボートで『BISEVO島・青の洞窟』ツアーに写真のツアーガイドの運転で行きました。
このツアーのボートは8人乗りで体感速度のMAXは、100キロはでてる感じ!!
行きは波も穏やかで、風が気持ちよかった☆
このボートは、大きい船が近くを通ると、『BIG WAVE』が発生して、かなり揺れて、危機感!!
この日は、15:00ぐらいから、波か高く、風もあり、かなり帰りはかなりハードでした。
ライフジャケットはなく、このタイプの船に乗ったことがないので、少し不安になるが、フヴァルまで戻ると、充実感いっぱいだった☆
なかなかできない体験だったので、かなりのインパクトが残ってます。
9:30 フヴァルを出発 途中、イルカを発見!!
11:00・BISEVO島に到着 『青の洞窟』を見る☆
・1か所洞窟に行く。
・BISEVO島の西側のporat beach
で2時間泳ぐ。
・緑の洞窟にボートで入る。
17:00 フヴァルに到着
2010/09/03 01:09:10
8/28また晴れ♪
本日は朝からパヤ島シュノーケリングツアーに参加。
7:30オープンのTHE RESTAURANTで急いで朝食を摂りすぐ出発。
(主催はEast marine diversで1人220RM、送迎付き)乗船前にスタッフから
注意事項を説明してもらったが半分は理解不能。
ゴミを捨てるなとか岩で怪我しないようにとか言ってたみたい。
後で気付いたがスタッフに1人日本人がいたようです。
程なく出港、約1時間船に揺られて、ダイビングチームはパヤ本島で下船。シュノーケリングチームは
5分程離れたポンツーンと呼ばれる人工浮島に上陸。ホテルのビーチに比べ、水の色は透明度が高く
エメラルドグリーンでした。ライフジャケットを着ているのでずっと浮かんでいられます。
きれいな魚も沢山いました。ニモもいるよって言われましたがNimo not foundでした。
昼食はランチボックス(いわゆる弁当)でパン・チキン・サラダ・マカロニとお菓子。
午後になると段々潮が満ちてきて浮島の小さなビーチが更に小さくなり砂浜が8割方消滅。
14:30頃シュノーケリング終了。いい運動にもなったみたい。
再び船に揺られてクアに戻ってきました。今回のツアーは80人位いたでしょう。日本人は恐らく4組8名
だったと思います。老若男女多国籍で面白かったです。この時期はランカウイ島の天気が良くない事が
多いのでオプションとして選択肢に入れておくのも良いと思います。
港に着くのが16:00前後。勿論ホテルまで送ってくれますが、折角クアにいるのだから、
ナイトマーケット(おまけでショッピング)に行くべき。土曜日はクアタウンで開催なのも○。
前もってハイヤーを頼んでおいて大正解。ラマダン期間は若干規模が小さくはなるそうですが、
それでも大盛況!おまけに安い!!チキン&ビーフカレー5RM。よくわからない天ぷら(恐らくチュンパダック)2RM。
焼き鳥?1本0.35RM。青りんごジュース2RMなど1人10~15RMでお腹一杯になります。
ナイトマーケットは曜日によって開催場所が変わります。ラマダン中は臨時で開催している事も
あるようです。ツアーガイドさんに聞いてみて下さい。
ホテルでハイヤーを頼むと4時間で210RMも取られます。(アンダマンでは)
今回はツアーガイドさんに頼んだのが幸いで(ご贔屓のドライバーがいるらしい)
4時間120RMでした。仮に時間を延長しても30RM/hでOKとの事。
沢山の食料をぶら下げ、部屋で夜ご飯を堪能したのでした。
※8月はバーゲン月間のようです。連れがワンピースやらビキニやら色々買っていましたが
半額位になっているものを数多くみました。時間が許すなら日本で買っていくより現地で
買ったほうがいいかもしれません。スーパーマーケットには必ず売っていますから。
※ポンツーンにはトイレがありません。浅瀬の為、少し沖に止めてある船に戻るか
大海原でどうぞ♪だって。(スタッフ談・笑)
2010/09/01 10:09:49
11:30に一旦ホテルに戻り、準備をしてクルーズ乗り場へ。
吐く息が白くなるくらいの寒さでなので、手袋にフリース、ジャケット持参。クルーズ乗り場にはかなりの人が待っていました。こんなに人気があるのか。。。ちょっと気後れしそうです。
Glacier Cruiseは、指定席で、ほとんどがBOX席。
自分は、6人掛けの席で5人のアメリカ人グループと一緒になりました。一人旅だとこういうときが辛いんだよな。。。
アメリカ人5人組は、アンカレッジ近くにすむ娘夫婦をミネソタに住む両親と弟が訪ねてきたとのこと。娘婿はアンカレッジのアーミーに所属していて、右腕には「伐」、左腕には「下」という漢字のタトゥーが入っていました。漢字の意味は考えずに、この2文字をチョイスしたとのこと。
13:30、15分遅れでいよいよクルーズ出発です。
2010/08/29 08:08:00
<2005年3月15日(火)>
前日にお聞きしていた予定です。モーニングコールは7時15分、食堂は7時45分から使用可能、廊下への荷物出しは8時45分までに、出発は9時15分でした。午前中にセビリア市内を見学し、その後に、国境を越えてポルトガルのリスボンに向かう計画でした。旅行のリズムにも慣れてきましたし、余裕のスケジュールでした。旅の友のオールド・パーが残り少なくなってきました。
<博覧会跡地、市庁舎見学>
午前中はセビリア市内見物です。最初が市庁舎の見学です。1929年から1930年にかけて行われたイベロ・アメリカ博覧会会場跡です。その広大な広場はスペイン広場と呼ばれています。緩い弧を描いて左右に広がる巨大な建物は、建築家アルバニ・ゴンザレスの設計になるイスラム建築です。
この建物には、スペイン各都市の文字と紋章に歴史物語の場面を表すタイルのベンチが、セットで連なっていました。その数58個とされます。博覧会の時の、各都市のブースの跡です。建物に沿っては半円の池があり、建物に向かって4つの橋が架かっています。
暫く自由時間になりましたから、市庁舎の2階を歩いて見学しましたが、歩き疲れるほど、長大な建物でした。博覧会の10年以上前から、建築に取り掛かっていたようです。
<歌劇カルメン、旧タバコ工場>
セビリアはローマ時代からアンダルシア地府の中心都市だったとされます。闘牛やフラメンコの本場として、日本でも良く知られている町です。何よりもビゼー作曲の歌劇・カルメンの舞台になったことで有名です。私もその昔、第1、第2組曲のLPを良く聴きました。歌劇の方は、今は亡きマリア・カラスのカルメンが一番好きでした。
カルメン組曲が懐かしく、つい脱線です。手元を調べましたら、LP1枚とCDが2枚ありました。CDがショルツ指揮、ロンドン・フェスティバル管弦楽団とアバド指揮、ロンドン交響楽団です。LPの方はグールド指揮、彼の管弦楽団でした。早速、ショルツ指揮のCDの方をパソコンでBGMに流しながら、この稿を書き進めています。カルメンはビゼーの死の前年、1784年に完成しました。彼が36歳で生涯を閉じる時、その公演の最中であったとされます。
レコードの解説と併せ、名曲解説全種14の歌劇・下(音楽の友社)を参考としました。その中に挟んでいたメモに1969年4月29日に聴いたカラヤン指揮のウィーンフィルのカルメンがありました。カルメン役はレオンタイン・プライス、ドン・ホセ役はフランコ・コレルリでしたが、主役より、可憐なミカエラ役のミレッラ・フレーニが強く印象に残りました。フレーニはその後、大歌手になりました。
ビゼー自身はパリの生まれですが、オペラ・カルメンの舞台は1820年頃のセビリアです。フランスの小説家メリメの作品「カルメン」をオペラ化する際、ビゼーはカルメンがタバコ工場に働いていたと設定しました。18世紀に建てられたバロック様式の建物は、現在セビリア大学の法学部になっています。今回、降りての見学はできませんでしたが、バスの中からの見学ができました。
Tmさんがバスの中でかけてくれたCDのジャケットを見せて貰いましたら、「サー・トーマス・ビーチャム指揮、フランス合唱団、東芝EMI」となっていました。多分、1959年録音のフランス国立放送管弦楽団によるものでしょう。ビーチャム(1879~1961)は、イギリスの指揮者です。
<セビリア旧市街、ヒラルダの塔見学>
旧市街に入って直ぐに目に飛び込んだのが、陶器で出来た水道管の断面でした。かなり古い時代の物のようです。ひょっとしたらローマ時代に遡るかも知れません。グアダルキビール川畔の地域です。狭い路地を現地ガイドさんの先導で歩きながら見学しました。
ヒラルダの塔は、スロープを歩いて頂上まで上り、セビリアの市街全部の眺望を楽しみました。階段でなく、スロープとなった理由は、老牧師が馬に乗って階上まで登れるようにしたためだと、現地ガイドさんが教えてくれました。もともとはモスクの鐘楼だったものを、台座部分を利用し、上部を継ぎ足したことも、現地ガイドさんが説明してくれました。
カテドラル、大寺院はローマのサン・ピエトロ寺院、ロンドンのセント・ポール大寺院に次ぐ第3位の規模を持つとされます。フラッシュを焚かなければ、写真撮影が出来ました。素晴らしいステンドグラスや絵画、像、レリーフなどをカメラに収めました。ムリーリョ作の「聖アントニオの奇跡」が一番の見もののようでしたが、現地ではどの絵画か、見当がつきませんでした。
<変な名前の昼食>
この日の昼食の名物は、ソパ・デ・アホでした。にんにくのスープです。「アホ」がにんにくのことです。阿呆ではありません。ついでに、馬鹿ではない「バカ」は、肉のことです。「ソパ・デ・アホ・バカ」はにんにく、肉スープになるのでしょうか?
前菜のにんにくスープは記憶に残っていますが、その他の料理は余り記憶にありません。固いパンがあったような気はします。白ワインを飲んだことだけはメモにありましたが、そのラベルのメモもありませんでした。白ワインの横に「パンデロ」の文字がありましたが、これはカステラのことで、別の話題の時のメモでした。どうやら、アホ・スープが効いてしまったようです。
<閑話休題、闘牛と闘牛士の話>
最初に闘牛の話です。日本では余り知られていませんが、ポルトガルにも闘牛があるそうです。ただし、こちらの闘牛は止(とど)めを刺さず、8人で押さえ込んだ牛が、戦闘意欲を失ったところで、離してしまうそうです。リーダーが最初に角を押さえ、他の人が、この後に続きます。最後に尻尾を握って暴れないようにする役もいます。インターネットでもこの様子を見ました。牛の角には危険防止のカバーが付けられています。
「スペイン人は残酷だから牛を殺すが、ポルトガル人は優しいから絶対に牛を殺しません」と話す、ポルトガル人の科白があるそうです。確かに、マドリッドでは緊張感が漂いましたが、リスボンでは、その緊張感は消えていました。「最初に日本を訪れたのが、ポルトガル人ではなくスペイン人であったとすれば、インカ、マヤ文明が亡ぼされたように、日本の文明は亡ぼされ、メキシコ、チリ、フィリピンのような状態になっていたであろう」とも言われます。
次はスペインの闘牛士の話です。闘牛士学校のことですが、現地ガイドさんだったか、Tmさんだったかは、メモしませんでした。国内に8つのトレアドール学校があるそうです。国籍、性別を問わないそうですが、4つの要件が必須とされるそうです。その4つを列挙します。?闘牛が好きなこと(全生活をかけること)、?神経が図太いこと、?美しい姿勢なこと(芸術性)、?リズム感がいいこと、の4つです。身長は、余り高くても駄目で、170~175cmが好ましいとされるそうです。
<リスボンへ、国境の川>
昼食の後は、今回のバス移動でもっとも長いリスボンまでの389kmです。ずっと見てきたオリーブの畑が少なくなり、オレンジ畑が目立つようになってきました。ビニルハウスも良く見かけるようにうなってきました。こちらはイチゴ栽培のようです。
スペインとポルトガルの最南部の国境は、大西洋のカディス湾に注ぐグアディアナ川です。近代的なデザインの橋が架かっていました。スペイン、ポルトガルともに国境警備の人はいませんでした。EU加盟後、国際サッカー試合などでフーリガンの侵入を防ぐ時など、特別な場合以外は、国境警備はされないそうです。
スペイン、ポルトガルの南部の海岸地帯にはリゾート地帯があり、ヨーロッパのほかの国からの観光客で賑わっているそうです。EU内では、両国が物価が安いことがその理由のようです。山でスキーをした後、海に泳ぎに行くといった離れ業もあるそうです。
ところが、スペイン、ポルトガルともに次第と物価が高くなり、リゾート地をアジアに振り替える人が多くなってきたそうです。その矢先のスマトラ島沖の大地震、大津波でした。この災害で、ヨーロッパ観光客の人的被害が大きかった理由のようです。
<ポルトガルの南部地帯>
スペイン側に適当な休憩所がなく、ポルトガルの国内に入ってから休憩を取りました。ここで缶ビールを買い、ベンチに座ってポルトガルへの入国の第一歩を記しました。
ポルトガルの国境地帯も荒地が多く、民家は見掛けませんでした。暫く西へ向かって走った後、今度はリスボンへ向かって北上しました。北上した後は広大な牧草地帯と、コルク樫の林が続きました。コルクは世界一の生産量を誇るようです。
コルクは木の皮をぐるりと丸く剥いで、次の収穫までは9年の歳月を要します。厳格な国の管理の下に、植樹して25年、幹周りが70cm以上にならないと樹皮を剥ぐことはできないそうです。その時期も6月から8月の間と決まっているようです。剥いだ木の皮には、その年の下1桁の数字が書き込まれているそうです。剥いだばかりの白い色から、茶色、黒色と変化しているさまが、バスの中からでも観察できました。
私も蘭の1種、デンドロビュームの栽培に、コルク材を園芸店で定期的に求めています。5、60cmの幅のものが、3千円程度ですから、いい値段で売られています。ポルトガルにとって、日本は大切な輸出先のようです。ワインなどの栓のほか、多用途に使われています。クッション性、防音性、断熱性、天然の質感、防滑性など多くの特徴を有しています。
<夕刻のリスボン到着>
リスボン市内が見えてきたのは、大西洋に夕日が沈む頃でした。市街地から少し東側の橋を渡ってから、中心部へ向かいました。2泊するローマホテルは、リスボン空港への途中の新市街にありました。今回の旅行で一番設備が整ったホテルでした。
夕食はそのホテル内でした。ワインはTOPÁZIOの2002年物でした。すっきりした白の辛口でした。日本へ輸入されているポルトガルワインが少ない時代の事典では、その製造会社は見付かりませんでした。ヴィニョ・ヴェルデ、ダン、マテウスなど限られたワインか載っていなかったためです。事典に載っていたのは、それと、食前酒の甘いポルトワインくらいでした。
リスボンへ向うバスの中で
モノラルのファドを聴つつ川越る国の境を護る人無し
時超てファドは心に染渡る歌うアマリアロドリゲス
イベリアの半島やがて西近くオリーブ尽て蜜柑畑に
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